漢方治療入門講座

柴胡剤について(その1)

柴胡剤について(その1

柴胡剤とは
柴胡の配された薬方を総称して柴胡剤といいます。柴胡で半表半裏にこもった少陽の熱を中和して解毒し,病気を治癒に導く処方です。柴胡剤は西洋医学の風邪薬・胃薬にあたるともいえ,抗アレルギー薬・気分安定薬・睡眠薬・消炎鎮痛薬・肝臓の薬・便秘薬などを兼ねる,きわめて重宝な処方です。西洋医学の観点では,少陽の熱という概念は受け入れがたいのですが,日常の臨床では柴胡剤を使用しないと治らない病状があり,難治性の疾患が,柴胡剤を投与することであっさり解消するのをよく経験します。西洋医学が飛躍的に進歩した今日でもなお,柴胡剤は有用な治療手段の一つであると思います。
風邪をひいて3~4日経つと食事がまずく、口が粘り、咽が渇くようになります。これは風邪が半表半裏に入りこんだためと漢方医学は考えます。この状態を少陽病といいます。解表剤や瀉下剤でなく、柴胡剤にて中和して病邪を排除する必要があります。
少陽の病たる、口苦く、喉渇き、目眩くなり
少陽の中風、両耳聞く所なく、目赤く、胸中満して煩するものは吐下すべからず。吐下すれば則ち悸して驚す
傷寒、脈弦細、頭痛、発熱の者は、少陽に属す。少陽は汗を発するべからず、汗を発すれば則ち譖語す、胃和すれば則ち癒ゆ
本、太陽病解せず、転じて少陽に入る者は脇下更満[胸脇苦満]、乾嘔、食するにあたわず、往来寒熱す尚未だ吐下せず、脈沈緊の者は、小柴胡湯をあたう。
少陽病とは

防衛反応が活発に働いているが、ストレスが何らかの原因で半表半裏に入り込み排除されず代謝亢進状態となっている。
しかし、このような状態に思われても裏寒外熱であることがあります。誤って用いると、裏寒を増悪させ患者さんをいたずらに苦しめることになってしまいます。身熱を取る薬であることを認識し、慎重に適応を定めて投与する必要があります。
 
柴胡剤の使用目標および適応疾患
柴胡剤の使用目標を下記しました。この中で最も重要なのは胸脇苦満です。胸脇苦満とは,患者自身が胸脇部に充満感・閉塞感を覚えることを指しますが,一般的には,腹診にて術者が胸脇部に抵抗を覚え,患者が息詰まるように感じ,苦痛を訴えることをいいます。多くの場合,胸脇苦満は右側に現れますが,左右ともに強く現れる場合は大柴胡湯など,いわゆる実証に用いられる柴胡剤の適応となります。かつて小柴胡湯の使用過誤による副作用が多発したように,効果のある薬だけに適切に用いないと効果がないばかりか,かえって著しい体調不良をきたしてしまうことも少なくありません。胸脇苦満を間違いなく判断するために,肝臓の裏側にあたる背中の膨隆,右の肩井あたりが左に比べ厚い,右の太衝・右の足臨泣・右の陽陵泉の圧痛,足の第一趾の反り返り(特に右)を補助診断とし,慎重に判断しています。
柴胡剤は肝気の偏向・肝火盛・肝気鬱結に対して用いる側面を持っています。漢方医学では,肝は怒の感情を内蔵していると考えます。肝気を高ぶらせ腹を立てすぎると肝気の偏向、肝火盛、肝気鬱結をきたし,自律神経失調症をはじめとして、不眠や高血圧など様々な病気を引き起こします。肝気の過剰な高ぶりによる顔つきや雰囲気の硬さ・目つきの鋭さ・眉間のしわ・怒気のある話し方などを目標に柴胡剤を用いるとよいことが少なくありません。所見の特徴としては,目がとんがり,顔が青くて,青筋を立てて怒る,怒鳴る,怒りすぎると手が震える,呼び叫ぶ,大げさに苦痛を訴える,ちょっとしたことで急にイライラして怒りっぽくなるなど特徴がみられます。
また、柴胡剤は浅黒い,くすんだ顔色をし,蕁麻疹や胆石・肝機能障害・結核などに罹りやすい独特の解毒証体質に用いる側面を持っています。大正時代に森道伯先生は一貫堂医学(現代人の体質を大きく3つに分類して,疾病の治療および未病の治療をする)を提唱されました。乳幼児期の中耳炎,学童期の扁桃腺炎,中学生の副鼻腔炎で反復再発を繰り返す解毒証体質の体質改善には柴胡清肝湯。青年期の化膿性にきび・蓄膿症・肋膜炎・神経衰弱などには荊芥連翹湯。壮年期の痔疾患・淋疾・尿道炎・女性泌尿器や生殖器の炎症性疾患・慢性肝炎・眼疾患などには一貫堂の竜胆潟肝湯を投与して著効を収めました。しかし,それは大正時代のことで,現代人は想像を超えて虚弱化しているので,服用に際しては注意を要します。
 なお,解毒証体質とは,肝臓の働きが円滑でないために,肝臓の解毒する働きが悪い体質を指します。そのため,食養生が必要となります。
 
柴胡剤の使用目標
  1. 口苦、口渇、めまい、嘔気、食べ物の味がしない、食欲不振、往来寒熱、胸脇苦満、脈弦、舌白苔
  2. 解毒証体質を思わせる浅黒いくすんだ顔色
  3. 湿疹や蕁麻疹、胆石、肝機能障害、結核など解毒証体質を疑う既往歴
  4. 肝気の過剰な高まりによる顔つきや雰囲気の硬さ、目つきのするどさ、眉間のしわ、怒気のある話し方5  少陽経、肝経に反応(凝り、痛み)殊に右側に反応が強い、肩井、臨泣、陽陵泉、大衝など)
    左側に強い時は厥陰病のことがある
     
柴胡剤の適応疾患
 
・かぜ、気管支炎、喘息。
・再発を繰り返す中耳炎、扁桃腺炎や副鼻腔炎。
・胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、潰瘍性大腸炎。
・蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー性疾患、化膿性にきび。
・肝機能障害、慢性肝炎、胆石。
・高血圧。
・眼疾患。
・膠原病。
・膀胱炎、尿道炎、前立腺炎、痔疾患、女性泌尿器や生殖器の炎症性疾患。
・自律神経失調症。
・更年期障害。
・うつ状態。
・不眠。
 
柴胡剤の使用上の注意
柴胡は身熱を冷ます薬です。証を無視し、例えば肝機能障害があるから小柴胡湯と現代医学的思考で長期間使用すると、新陳代謝が低下し裏寒に陥った結果として肝機能の改善が検査データで認められるものの、死に至らないまでも著しい体調の不調を来す恐れがある。慎重に適応を定め、生体全体を見渡しながら治療を進める必要があります。
 
 
 
解毒証体質の人の食養生
1.玄米菜食に近い食事を摂るようにする。
2.肉や動物性脂肪,乳製品の摂取を控えめにした方がよい。
3.酢の物,レモン,スダチなどの果汁,梅干や梅肉エキスなど酸味のある食材を,積極的に摂取する。
4.飲酒を控える。
 
 
解毒体質とは
 
解毒証体質とは,森道伯先生が提唱された三大体質のひとつで,他に瘀血証体質,臓毒証体質があります。解毒証体質の方は,慢性あるいは再発性の炎症,アレルギー性疾患を繰り返す傾向にあります。解毒剤の代表として十味敗毒湯や柴胡清肝湯や荊芥連翹湯があげられます。また,肝気鬱結を治し,ストレス疾患に効果の高い四逆散・柴胡疎肝湯・加味逍遙散などがあります。
中川良隆先生は少陽の熱とは行き所のない熱のことで,マグマ(人間の心の奥底に抱えこんでいるうっ積した感情)とも表現されています。柴胡剤はマグマが自然に鎮まるように働きかける処方でもあります。西洋医学にない心身一如の治療効果があります。「一億総うつ」といわれる今日,何ともありがたいことです。
柴胡剤には共通して少陽の熱を中和するという独特の働きがあり,多岐にわたる疾患に効果があります。今回はその中で,いわゆる解毒証体質に対処する代表的な解毒剤と肝気鬱結に対処する代表的な方剤を中心に取り上げました。
柴胡剤の中でも,代表的な解毒剤の十味敗毒湯や柴胡清肝湯だけが解毒の効果があるわけではなく,また,四逆散や柴胡疎肝湯などの肝気鬱結に対する処方のみがいわゆる自律神経失調に効果があるのではありません。すべての柴胡剤に解毒効果があり,自律神経安定効果があります。
なお,柴胡は配合されていませんが,柴胡剤と同様に肝胆の湿熱を瀉下する竜胆を含む竜胆瀉肝湯があります。
 
柴胡清肝湯
構成生薬:柴胡・栝楼根・牛蒡子・当帰・芍薬・川芎・地黄・黄連・黄芩・黄柏・山梔子・甘草・桔梗・薄荷・連翹。
肝腎を補いながら,少陽の熱を中和し,清熱瀉下や解表の作用もある方剤です。再発を繰り返す小児の中耳炎や扁桃腺炎、副鼻腔炎,アトピー性皮膚炎やアレルギー性鼻炎などのアレルギー性疾患の体質改善に用いるとされていますが,成人にも使用の機会が少なくありません。くすんだ青白い顔色か浅黒いもので,胸脇苦満が明白であり,腹直筋が緊張していて腹診しようとするとひどくくすぐったがる人を目標に使用します。
 
◆荊芥連翹湯
構成生薬:柴胡・当帰・地黄・芍薬・川芎・黄連・黄芩・山梔子・黄柏・荊芥・連翹・防風・枳実・白芷・桔梗・薄荷・甘草。
柴胡清肝湯に近い処方構成ですが,陽明経の風を去る白芷と枳実が配された処方です。青年期の化膿性にきびや蓄膿症・花粉症など顔面の諸疾患に効果があるばかりでなく,肋膜炎・神経衰弱・いんきんたむしなどにも使用します。
 
◆竜胆瀉肝湯(薛氏十六種)
構成生薬:当帰・地黄・黄芩・山梔子・沢瀉・車前子・竜胆・木通・甘草。 
◆竜胆瀉肝湯(一貫堂)
構成生薬:当帰・川芎・芍薬・地黄・黄芩・黄連・黄柏・山梔子・沢瀉・車前子・竜胆・木通・甘草・連翹・薄荷・防風。
下疳(梅毒・潰瘍)に用いられた処方です。壮年期の肝火盛に対処する。痔核・痔瘻・淋疾・膀胱炎・尿道炎・睾丸炎・女性泌尿器や生殖器の炎症性疾患・尿路結石・慢性肝炎・慢性湿疹・膠原病・眼病・脳血管障害・高血圧などに使用します。一般的にはがっしりとした体格で,右胸脇部に滞りがあり,皮膚の色が浅黒く,手足に脂汗がある人の肝経の湿熱を去る処方です。
 
◆十味敗毒湯
構成生薬:柴胡・桔梗・川芎・防風・茯苓・樸樕・生姜・独活・荊芥・甘草。
小柴胡湯の適応となるような体質傾向を有し,どちらかというと細身で,神経質で胸脇苦満があり,化膿を繰り返すフルンクロージス・にきび・蕁麻疹・アトピー性皮膚炎などに用います。少陽の熱を中和するとともに,解表薬も含み,体表の解毒が意図された処方です。
 
柴胡桂枝湯
構成生薬:柴胡・半夏・桂枝・黄芩・人参・芍薬・生姜・大棗・甘草。
小柴胡湯と桂枝湯の合方です。心下支結(みぞおちのところが痞えて硬くなる)・胸脇苦満・両腹直筋の緊張・手掌の発汗を目標に,かぜ・気管支炎・アトピー性皮膚炎などのアレルギー性疾患.胃痛・胃潰瘍・潰瘍性大腸炎・神経衰弱・てんかんなどに用いられます。 
 
◆抑肝散   
構成生薬:柴胡・甘草・朮・茯苓・当帰・川芎・釣藤鈎。
肝気の高ぶり,肝気鬱結を解消に導く。小児の疳の虫(夜泣き・ひきつけ・歯ぎしり・チック)に用いられてきた処方です。親子関係を改善するため,母子同服を勧めます。釣藤鈎が肝気を平らかにするとともに,血管攣縮を広げる効果があるといわれています。性急で肝気が高ぶり,怒りを爆発させやすく,目を吊り上げ,青筋を立てて怒り,口や手が震えやすい人の神経症・不眠症・顎関節症・脊柱側弯症・高血圧・脳梗塞後遺症・パーキンソン症候群・認知症など幅広い疾患で子どもから高齢者まで広い世代に用いる機会が多い。眼光が鋭い,身構えるように首が前に出た姿勢,蒼白な顔,語尾が鋭い,顔が左右に傾く,左腹直筋攣急,胸脇苦満などを目標に用います。
抑肝散証で腹部軟弱,腹部大動脈の拍動の亢進がある場合は抑肝散加陳皮半夏を投与します。
 
◆加味逍遙散
構成生薬:柴胡・当帰・芍薬・朮・茯苓・甘草・牡丹皮・山梔子・薄荷・生姜。
百々漢陰の『漢陰臆上』に「婦人一切の訴え,神経症状の訴えに用いてよく効く。世間の医者は婦人の病というと,ほとんどこの処方を用いた」との記載があります。中国では慢性肝炎によく用います。女性ばかりでなく,神経質な男性にも使用の機会があります。更年期女性のための代表処方で,いわゆる血の道や婦人科疾患に用いるばかりでなく,広くアトピーや蕁麻疹・花粉症・湿疹・メニエール症候群・精神不安・不眠・舌の辺縁の痛み・口内炎・便秘・慢性膀胱炎・肝斑・顔面の色素沈着など,女性の諸疾患にもよく使用します。肝気鬱結と瘀血を兼ね,咽や上胸部の詰まりと熱があり,肝気上逆タイプ(何事もきちんとしていないと気がすまず,苛立つ)が対象となります。月経不順・ホットフラッシュ・心忪頰赤(胸騒ぎがして頰がほてる)をはじめ,めまい・ふらつき・頭目昏重・肩こり・イライラ・クヨクヨ・不眠・顔面の肝斑や色素沈着・毛細血管拡張がみられ,神経質で訴えが絶えず,身体の疲れを訴える人に用います。胸脇苦満・両腹直筋の緊張・下腹に瘀血を思わせる抵抗と圧痛を目標に投与します。
 
柴胡疎肝湯(四逆散と川芎茶調散の合方に近い処方)。
構成生薬:柴胡・芍薬・香附子・枳実・川芎・甘草・青皮。
肝気鬱結の代表処方で,ストレスの多い現代人によく使用します。胸脇苦満が明白で,腹直筋の緊張・左上腹部の滞り・手掌発汗を目標とします。四逆散に香附子・川芎・青皮が配され,肝気鬱結を理気する作用が強いように感じます。
 

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