漢方治療入門講座

現代医学の立場からみた三陰三陽

現代医学の立場からみた三陰三陽(私案)

三陰三陽(私案)
漢方医学の診断治療法である三陰三陽は現代医学のように病因を診断するのではなく、病に対する生体の防衛反応の諸相(証)を診断・治療しており、現代医学を学んだものには極めて取っつきにくいのが実情です。
ここで、セリエのストレス学説を足掛かりに三陰三陽を思い描くと理解しやすく、漢薬の臨床応用が容易になると考え、シェーマを私案しました。
太陽病
警告反応の時期が過ぎて、受けたストレスを排除しようと生体が代謝を高め、防衛反応が活発に起きているがまだ、ストレスを排除する段階に至っていない時。
下図に示すように、代謝の 急峻な立ち上がりの時期に相当します。
甘草、生姜で裏を温め、芍薬、甘草で裏を補い、防衛反応を円滑に行わしめながら、桂枝や麻黄で強く発汗を促し、頭痛や肩凝りなどの防衛反応の結 果として生じている筋のこわばり、苦痛を和らげる葛根湯・麻黄湯など解表剤(現代医学の解熱鎮痛剤に相当)の適応となります。
ストレスを排除しようと防衛反応が活発に働き、代謝レベルが急上昇しているが、まだストレスを排除する段階に至っていない。




葛根湯、麻黄湯など麻黄が配された、強く発汗を促す解表剤で強く発汗させて受けたストレスを発散させる。
  1. 風邪など急な病の初期
    太陽膀胱経に沿った部位(四つんばいになった時、太陽のあたる部位)が強ばり痛みを訴える。
    裏に病状ない…下痢なし、嘔吐なし、胸のづつなさなし…
  2. 雑病で[神経痛・頭痛など]で1のパターン(証)を現している患者に使用。
    【解表剤】強く発汗してストレスを排除…麻黄
表寒 表実 葛根湯(葛根・麻黄・桂枝・芍薬・甘草・生姜・大棗)
麻黄湯(麻黄・桂枝・甘草・杏仁)
脈、浮、無汗
  1. 附記
  1. 傷寒論では太陽病に表寒虚、桂枝湯の条文がありますが、現代においては、表寒虚は太陰病と考えた方が臨床的には良いと思います。
太陰病
身体が虚弱となっている為に、太陽病に比べて生体防衛反応が弱く、代謝レベルの急上昇の程度が鈍い時を太陰病と言えるのではと思います。
桂枝湯、建中湯など桂枝が配された解表剤で軽く発汗させて受けたストレスを発散させる。


風邪のひき始めから既に発汗、鼻水、胸のずつなさ、心悸亢進、脈浮弱、腹満、腹痛などを訴える時には、太陽病でなく太陰病と判断し、麻黄の配されない桂枝の配された解表剤で軽く発汗を促します。
傷寒論には太陰病の治療処方として桂枝湯と桂枝加芍薬湯が記載されていますが、臨床的には小建中湯など広義の桂枝湯類を太陰病の治療処方とした方が良いと思います。
虚弱となった今日の日本人には桂枝湯類の使用の機会が非常に増えています。現実には隠れた裏寒を認めることが多く、真武湯など温裏剤を併用することで桂枝湯類の効きが良くなることが多いのです。
桂枝湯類
桂枝湯「桂枝 芍薬 甘草 生姜 大棗」
小建中湯「桂枝 芍薬 甘草 生姜 大棗 膠飴」
黄耆建中湯「黄耆 桂枝 芍薬 甘草 生姜 大棗 膠飴」
陽明病
生体防衛反応が活発に働いているものの、受けたストレスが何らかの原因で裏に入り込んでしまって排除されないために、代謝異常亢進状態となり、裏熱(腹満、便秘、潮熱など)をかも し、病態が膠着状態となっています。
大黄などが配され、裏熱を瀉下して、受けたストレスを取り除こうとする調胃承気湯、大承気湯などの適応となります。
防衛反応が活発に働いているが、ストレスが何らかの原因で裏に入り込み排除されず代謝異常亢進状態となっている


承気湯、黄連解毒湯など黄連、大黄が配された清熱瀉下剤で下しストレスを排除させる。

 
  1. 風邪など急な病の中期
    高熱、無悪寒、発汗、便秘・腹満、脈 沈・有力、うわ言、食欲あり
  2. 雑病で1の証を現している患者に使用
    精神病・高血圧・便秘など【清熱瀉下剤】下してストレスを排除…大黄・芒硝・石膏
裏熱実
調胃承気湯(大黄・芒硝・甘草)
大承気湯(大黄・芒硝・厚朴・枳実)
裏熱虚
白虎加人参湯(石膏・知母・粳米・甘草・人参)
少陽病
生体防衛反応が活発に働いているものの、受けたストレスが何らかの原因で半表半裏に入り込み、排除されず代謝亢進状態が続き、少陽に熱(往来寒熱、胸脇苦満など)をかもし、病態 が膠着状態になっています。
柴胡の配された小柴胡湯などの適応となります。
防衛反応が活発に働いているが、ストレスが何らかの原因で半表半裏に入り込み排除されず代謝亢進状態となっている。


小柴胡湯など柴胡が配された和解剤でストレスを中和させる。

 
  1. 風邪など急な病の中期
    弛張熱、脈は弦、口苦、嘔吐、嘔気、目弦、咽乾、胸脇苦満
  2. 雑病で1の証を現している患者に使用
    耳鳴、めまい、更年期障害、自律神経失調症、肝炎など【柴胡剤】中和してストレスを排除…柴胡
    小柴胡湯(柴胡・半夏・生姜・黄ごん・大棗・人参・甘草)
    柴胡桂枝湯(柴胡・半夏・桂枝・黄ごん・人参・芍薬・生姜・大棗・甘草)
陰病(少陰病)
警告反応の時期は過ぎても生体の防衛反応が十分に働かないままに病が進展している結果として、裏寒に陥っています。
附子や生姜が配され体を温め、代謝を上げ、自然治癒力を高める真武湯など温裏剤の適応となります。
また、病の途中でも何らかの原因で生体の防衛反応が衰え、裏寒に陥っている場合も温裏剤の適応となります。
真武湯・附子湯など温裏剤を使用します。
生体の防衛反応が十分に働かないまま病が進展している。


真武湯など生姜、附子が配された温裏剤で強く温め自然治癒力を高める。


例)風邪をひいたがだるくて横になりゴロゴロしていたい。
傷寒論には少陰病の治療処方に麻黄附子細辛湯も挙げられています。今日、一般的に新陳代謝の衰えやすい老人に麻黄附子細辛湯が良く投与されるのですが、麻黄が配されており、心臓が弱ったり、胃腸が弱かったり、前立腺肥大や眼圧上昇のある人には避けたほうが良い処方です。虚弱化した今日の老人には麻黄附子細辛湯と同じく附子の配された真武湯をファーストチョイスとして使用していただきたいと願います。
今日においては少陰病は臨床的には真武湯、附子湯と考えた方が良いと思います。
厥陰病
傷寒論の記載などより、厥陰病を生命力が極度に衰え、死が近い状況と考えるむきもありますが、厥陰病の治療処方に挙げられている漢方処方をみますと、そうではなくて寒熱がからまった状態で上熱下寒の状態にある時をさしていると思います。太陰病より冷えのぼせ症状が激しい状況となっています。治療処方はエキス顆粒では臨床的には当帰四逆加呉茱萸生姜湯ないし当帰四逆加呉茱萸生姜湯加附子であると思います。
当帰四逆加呉茱萸生姜湯
桂枝 当帰 芍薬 木通 細辛 甘草 大棗 呉茱萸 生姜
 
 
 
温病について
温病とは
風邪やインフルエンザには葛根湯や麻黄湯「太陽病の治療処方」が今日の日本では、何の疑いもなく投与されていますが、はたして現代の風邪・インフルエンザは本当に太陽病なのでしょうか?
今日の中国では風邪は傷寒「葛根湯、麻黄湯」ではなく、温病の治療処方である銀翹散などが投与されています。温病とは
中国で、清の時代に発展した概念で、今日の日本のように、人々が酒色過度となり、生活不摂生が甚だしく、精を蔵さず、陰虚伏熱体質に変化してきたために、葛根湯や麻黄湯などの辛温解表剤では弱った身体を損なうので、辛涼解表剤を投与する必要が生じた。
温病とは表熱
風邪の初期で熱感あるいはかすかな惡寒、発熱、口渇、咽頭痛、扁桃腺炎や目の充血
麻黄剤で強く発汗させてはいけない病態
表寒「太陽病」よりも体温上昇が強く、炎症傾向が激しく、進行も早いので注意が必要。
温病の治療薬方
温病の治療薬方は銀翹散が代表です。
銀翹散:芦根15.0;金銀花・連翹各12.0;淡豆豉・淡竹葉・牛蒡子各9.0;薄荷・荊芥・桔梗各6.0;甘草3.0で辛涼解表する。
銀翹散は残念ながら薬価収載された漢方エキス顆粒にはなく、銀翹散に近い漢方エキス顆粒である参蘇飲や升麻葛根湯、川芎茶調散をよく使用し、効果を実感しています。
近年、致死性の高い、新型インフルエンザが中国で発生したが、温病として治療し、救命できたとの報告があります。今のところ、日本では温病といっても、程度が軽く、広義の温病処方で対処しています。
広義の温病処方
 
 
 
 
今日の日本もまさに清の時代のような状況で、その上、地球環境の激変が加わり、今日の日本人は想像を超えて陰虚体質に変化しています。日常診療で風邪に葛根湯や麻黄湯を使用する機会は殆どありません。現在も風邪には葛根湯や麻黄湯と信じて、江戸時代と同じ治療がつづけられ、誤治により、体調を崩して受診されるひとが後を絶ちません。眼を大きく開いて現実を冷静に知る必要があります。
また、今日の漢方治療は生活改善の指導を中心とし、平素から補陰剤や滋陰剤を重視する治療が必要となっています。
森道白先生は大正時代にスペイン風邪が大流行したとき、咳タイプには小青竜湯加杏仁、石膏、脳症タイプには升麻葛根湯加白朮、川芎、細辛、胃腸タイプには香蘇散加茯苓、白朮、半夏 を用い、多くの患者さんを救命されました。広義の温病処方を用いられたのです。
 
 
 
 

ページトップへ