漢方治療入門講座

循環器疾患に対する漢方治療

循環器疾患に対する漢方治療

胸痺(狭心痛様疼痛)の治療
人参湯上焦と中焦の裏寒を治す薬
一般的には冷え・胸中痞・心下痞硬を目標に中焦(胃腸)を温める薬。 胃弱タイプで胃痛、下痢、食欲不振の人や、小児自家中毒、胃腸風邪で吐き下しする時に用いるばかりでなく、上焦「心肺」を温める薬として、くしゃみ、鼻水の多い鼻炎、気管支炎、喘息性気管支炎にも用いますが、胸痺「狭心症様疼痛」に対しても適応があります。 単に肋間神経痛ばかりでなく、かなり重篤な器質的疾患にも適応があることがあります。
山本廣史先生(循環器内科医)の経験<伝統医学 5号(1999)>
心筋梗塞後の慢性重症心不全に合併する心室性期外収縮に人参湯
37歳で急性心筋梗塞発症後にベットから外へは1歩も出られない慢性重症心不全、心室性期外収縮の連発、夏でも足袋を必要とする四肢の冷えに人参湯を投与したところ体が軽くなり、ジキタリス剤と利尿剤を併用して社会復帰10年を超える年月を無事働き通した。
大友一夫先生の経験<東静漢方研究室 24巻 341571602001)>
心筋梗塞や急性の心筋障害で心不全に陥り瀕死の事態「厥逆」に四逆湯、茯苓四逆湯
その他、痰飲の胸痺に対して心筋梗塞、狭心痛、気胸の疼痛に良く用いられるのに括楼薤白半夏湯、括楼薤白白酒湯があります。括楼仁、半夏、薤白(らっきょう)を水と白酒(酢)で煎じる薬です。
山田椿庭(江戸時代の漢方家)の経験
ひどい痛みのあるものに対して10人程診たがどれも括楼薤白半夏湯を大量に服用して治った。その中で一人だけ効無く、人参湯で著効を得、他の一人はいろいろ用いたが効なく頓死した。(矢数道明先生の漢方処方解説に記載あり。大友先生、同様の経験あり。)
私も括楼薤白白酒湯を良く使用しています。男性でタバコが止めれないひとには括楼薤白半夏湯の適応が多い。極めて飲みにくい薬で、症状の軽い時はらっきょうの酢漬けを食べるように指示しています。瘀血(血液の性状、粘稠度、血小板の素因)の胸痺、冠動脈硬化による虚血性心疾患に対して冠心ニ号、冠元顆粒、血府逐瘀丸、田七人参、銀杏葉、サフラン、桃紅四物湯(四物湯+桃仁、紅花)、八味地黄丸、六味丸など
伝統医学 第2巻 第4号(1999)循環器疾患における中西医結合 山本廣史先生、原田康平先生、武沢民先生の対談を参考としました。
PTC後の狭窄再発防止
血府逐瘀丸などの駆瘀血剤の適応。その他、四物湯、八味地黄丸、六味丸など
不整脈、期外収縮に対して
炙甘草湯(炙甘草・生姜・桂枝・麻子仁・大棗・人参・地黄・麦門冬・阿膠)
傷寒論に「傷寒、脈結代、心動悸するは炙甘草湯之を主る」とあります。気血両虚して肺熱燥を目標に用いる。日常よく用い、効果を実感しています。
西本隆先生の経験<伝統医学 1巻 21261281999)>
西洋医学的に対応不能な前胸部痛に炙甘草湯エキス製剤と血府逐於湯が奏効した2症例
  • 非狭心痛と思われる前胸部圧迫症状を訴えた80歳の女性に炙甘草湯
  • 心室性期外収縮の頻発による前胸部不快感を訴えた70歳の男性で副作用のため抗不整脈薬を服用できなくて血府逐於湯(桃紅四物湯加減)を投与
柴胡加竜骨牡蛎湯(柴胡・半夏・茯苓・桂枝・黄芩・大棗・人参・竜骨・牡蛎・生姜)
傷寒論に「傷寒8~9日、之を下し、胸満煩驚、小便不利、譫語し、一身尽く重くして~柴胡加竜骨牡蛎湯之を主る」とあります。
山本廣史先生の経験<現代漢方症例選集第242431985)>
夜間の動悸(心室性期外収縮の頻発)と不眠を訴える患者に柴胡加竜骨牡蛎湯
片寄大先生、白土邦男先生の経験<日本東洋医学雑誌 52125382001)>
循環器外来における柴胡加竜骨牡蛎湯の使用経験
茯苓飲(茯苓・朮・人参・生姜・橘皮・枳実)、四逆散(柴胡・枳実・芍薬・甘草)
原田康平先生の経験
上室性期外収縮のあるひとで胃内にガスの貯留があり、横隔膜を挙上している患者に対して枳実の配され、幽門を開くこれらの薬方で良くなったひとがいる。
山本廣史先生の経験<伝統医学 4126272001)>
心室性期外収縮に鍼灸治療
一過性心房細動
そのひとの動悸以外の症候に注意し、頭痛、便秘、尿が出にくいなどの本人の訴える症状を漢方薬を投与し除いてやると心臓も治る。(山本廣史先生)
山本廣史先生の経験<伝統医学 4263642001)>
竜脳(即効救心丹の主成分)による一過性心房細動治療
中国の臨床医が常時ポケットに忍ばせ狭心症、不整脈発作に対応している。(芳香開竅、散熱止痛、中枢神経系の興奮・抗菌作用をもつ)
一過性心房細動発作に氷水を大量に飲むと収まることもある。
遅脈、心不全、低血圧
色々な漢方薬が適応となりますが、特に人参湯、真武湯など温裏剤を先ず思い浮かべてください。
渡辺陽一先生の経験<漢方の臨床 46575771999)>
頑固な遅脈が漢方薬(人参湯、大建中湯)で正常になった
相見三郎先生<漢方医学講座 326311977)>
西洋医学では血圧の低いのを上げる目的で昇圧剤を使用しますが、低血圧の方を漢方医学の立場から診ると裏寒(冷えて代謝が低下し、ショック状態ではないが慢性的にプレショック状態に近い状況になっている)や気虚(臓腑機能低下)のことが多い。漢方薬を投与すると全身状態が著しく改善されるとともに血圧が正常化します。西洋医学にない治療法でどこの医院を訪れても改善しなかったのが単期間に良くなられ、生活の質も向上し、患者さんに非常に感謝されることが多い。低血圧の治療は漢方医学でぜひ行っていただきたい。老人の遅脈、心不全も同様のことが多いと思います。
高血圧
高血圧はサインであって病名ではない。血圧さえ下げればよいということは成り立たない。(山本廣史先生)
個々の状況に応じて漢方薬を選択し投与し、高血圧を引き起こしている元を治すのが理に合う。
高血圧をめぐる最近の動き
1999年に血圧を下げる目標値を130/85未満とした(WHOと国際高血圧学会)
若い人、壮年者、糖尿病患者を130未満、85未満とし、高齢者を140-160以下、90未満とした。(日本の高血圧治療ガイドライン 2000年版)
(私はこれまでの基準、160以上、95以上の方が良いと考えます。)
付記
西洋医学の降圧剤を漢方医学の立場から安全に使うヒント。織部和宏先生の「降圧療法における東洋医学的一提言」<日経メディカル 5、別冊付録18-21(2000)>を参照しました。
  1. βブロッカーは漢方医学の立場からはいわゆる熱実証タイプのひと、がっしりとした体格で赤ら顔、暑がりで腹力も十分、脈もしっかり触れるひとに使う強い瀉剤です。 交感神経遮断作用があり、心臓の機能が亢進して心拍出量増大の傾向にあるのを拍出量を落とす作用があります。
    元気な壮年の男性に用いる機会が多いと思いますが、高血圧の根本の原因は漢方医学の窓から診ると上盛下虚で、強い瀉剤であるβブロッカーを投与し、上盛(上実)を眼のかたきのように寫し続ければ下虚が益々増強し身体全体のバランスを失い様々なトラブルが発生することになります。このタイプに効く漢方薬は大柴胡湯、黄連解毒湯、竜胆瀉肝湯、釣藤散などのいわゆる瀉剤を基本として、下虚(下焦の虚)を補う四物湯や六味地黄丸などの補血剤や補陰剤を加味すると共に、血液の粘稠度や血小板の素因を改善する桃仁、牡丹皮、紅花などの駆瘀血薬を加え血府逐瘀丸のような複合剤とし、投与する必要があります。漢方治療は身体全体を整えますので、脂質低下剤、痛風の薬、などこのタイプに良く併用せざるを得ない西洋薬も不用となることが多いです。
    もし、βブロッカーが効いていると判断され、長期にわたり使用したいと思われるなら四物湯ないし六味丸、八味丸を併用されると良いのではないでしょうか。
    又、西洋医学の降圧剤を使用してもなかなか降圧効果が得にくい時にも同様に考えてみてください。
    (しかし、虚寒証に使うと徐脈、眩暈、心不全の悪化、末梢性の虚血となり手足の冷えが起こります。漢方医学の立場では真武湯証を作ったことになります。)
  2. カルシウム拮抗剤は末梢血管を拡張する作用があるため、熱実証タイプでなく虚寒証タイプに使います。
    (しかし、心気虚のあるひとに使用すると体調を悪化させます。どうしても降圧剤を使用したいときは利尿降圧剤、フルイトランを使用しています)
  3. ACE阻害剤はやや湿証タイプに使用する薬です。咳、喉のふさがる副作用は漢方医学の立場から診ると、燥証タイプに用いたために起きたと判断されます。ACE阻害剤で副作用が出る燥証タイプには肺や胃の津液を潤す麦門冬の配された炙甘草湯、麦門冬湯などを投与します。
  4. 利尿降圧剤は湿証タイプに使用する薬です。
    日光過敏症や老人性皮膚掻痒症の副作用は老人で痩せて皮膚が乾燥して唇が乾き、足底がほてる脱水傾向のある燥証タイプに使用すると益々、脱水傾向が助長された為に起きます。八味地黄丸、七物降下湯、四物湯などで補血、滋潤する必要のあるタイプです。  

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