漢方治療入門講座

消化器領域の漢方治療

消化器領域の漢方治療
 
私が消化器内科医であった40年前と比べると消化器疾患の診断治療は夢のように進歩しましたが、相変わらず消化器のトラブルで苦しむ人は後を絶ちません。
消化器はことに心身相関の深い臓器ですので、心身を一如と考え治療を行なう漢方医学で現代医学の隙間をかなり補うことが出来ます。
 

今日、消化器領域で、一般的によく用いられている漢方薬
  •  1  ND、逆流性食道炎に対して六君子湯があります。
           脾胃虚弱なひとのNDには六君子湯がよいことが多いのですが、逆流性食道炎には六君子湯ではなく、行気消積作用のある枳実が配された茯苓飲ないし茯苓飲合半夏厚朴湯が基本であると思います。
    その他、麦門冬湯、半夏瀉心湯、小建中湯、安中散などもよく使用します。
    2  IBSには桂枝加芍薬湯を用いるように指示されていますが、
    小建中湯、黄耆建中湯、柴胡桂枝湯、人参湯、六君子湯などもよく使用します。
      3  手術後の麻痺性腸閉塞になりやすい便秘には大建中湯を用いるとよい。しかし、大建中湯には心を保護する甘草が配されていないため、長期に渡り、投与する場合には大建中湯合補中益気湯や大建中湯合小建中湯など、甘草が合された処方にして投与する必要があると思います。
  1.   術後回復には補気する効果の高い、補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯を投与するように指示されていますが、現実は、補気する効果の高い、
    補気剤の基本処方である四君子湯を一先ず、投与したほうがよいことが多いのです。また、裏寒に陥っていることも多く、茯苓四逆湯や四逆加人参湯を投与することもある。また、安中散などの使用の場もある。
  2.   吐き下しには五苓散がよく用いられますが、裏寒で人参湯の使用の場も意外に多い。
    また、五苓散単独でなく、胃苓湯(五苓散+平胃散)使用の機会も多い。茵蔯五苓散(五苓散+茵陳蒿)も使用する。
     
     
     
消化器領域の漢方診断のキーポイント
 
両腹直筋の緊張がない ⇔  気虚タイプ
      腹部軟弱 心下痞硬      六君子湯など芍薬の配されない処方の適応                 
      胃下垂
 
両腹直筋の緊張がある  ⇔ 裏虚タイプ
      手掌発汗            桂枝加芍薬湯  
      便秘と下痢の繰り返し      小建中湯、柴胡桂枝湯など
      渋り腹             芍薬の配された処方の適応     
 
 
胃腸虚弱タイプのひとのNDのファーストチョイスは六君子湯
六君子湯(四君子湯+二陳湯、四君子湯+半夏.陳皮)
現代医学に無い概念ですが漢方医学には気虚「胃腸虚弱」という捕らえ方があります。
一般臨床において気虚で苦しんでいる方がある割合で存在し、現代医学の薬を服用しても捗々しくない方があります。補気剤を投与すると元気になり、愁訴が改善し、喜んで頂けます。補気剤の中で六君子湯が一番使いやすい薬です。
六君子湯の使用目標
胃腸虚弱…….  少し食べ過ぎると胃部不快、胃痛、下痢をおこしやすい・疲れやすい
肥れない・冷えると調子が悪くなる・気弱で気分がクシャクシャしやすい.
心下痞硬・胃内停水.胃下垂.腹直筋の攣急が無い・臍下の冷え
僅かな身熱所見……顔面の僅かな紅潮.唇がカサカサして赤い.舌白苔.口渇.冷たいものをほしがるなど
六君子湯は補気剤の基本である四君子湯に半夏.陳皮を加えた処方で、痰飲(水毒)を消す二陳湯の方意を加えた処方です。半夏.陳皮で体内の余分な水分とともに気の滞りを下し、軽い熱を冷ます効能があります。軽い精神安定剤であり,軽い風邪や気管支炎の薬でもあります。
現代人は生ものや冷たいものをとりすぎ、かつ運動不足のために消化器が弱って水分が胃内に停滞しがちです。そのため、六君子湯が奏功する症例が非常に多く、今日の日本人には極めて有用な処方です。
 
 
 
病後の衰弱の甚だしいとき、気虚の程度の酷いときは四君子湯
 四君子湯(人参・朮・茯苓.大棗.甘草・乾生姜)
げっそり痩せた 食べ物の味がしない 食欲がない 疲れる 胸がづつない
病後の衰弱の激しいとき 全身衰弱「老人などで」
気虚の程度が著しい時は六君子湯より半夏、陳皮を除いた補気剤の基本薬である四君子湯を選択したほうが、回復が早い。
一般的には病後回復には補中益気湯、十全大補湯と言われるが衰弱の激しいときは先ず、それらの薬の基本薬である四君子湯を投与し土台を固めて後に、適切な処方を選択し投与したほうが良い。
消化器のトラブル以外に肺気腫や気管支拡張症、喘息で心肺機能の著しい低下、寝たきりに近い状況など アトピー性皮膚炎などの皮膚疾患に広く用います。
 
 
裏寒による腹痛、下痢には人参湯
 
人参湯「人参・甘草・生姜・朮」
 
裏寒「著しい冷え、プレショック状態」による腹痛、下痢、嘔吐、嘔気
 胃腸風邪や薬物、食べ物、飲物、クーラーで体を冷やしたり、嫌な思いや心配のしすぎで心身を冷やしたときに使用
「プライマリーケアーで良く用いる.水分無しやごく少量の湯で服用させる。即効性あり」
 下血の為、著しい貧血になり検査するが異常が認められなかった人で、人参湯で回復した人がいました。又、ピロリ菌の除菌の為、抗生物質を投与された後で裏寒に陥り下痢が頻回となり、げっそりと痩せた人で、人参湯で回復した方がありました。
心配ごとが重なり安眠ができなくなり、食欲がなく痩せてしまい抗鬱剤を服用されていた方に人参湯加附子に変更して元気になられた方があります。
裏寒という概念も現代医学にはありません。器質異常が無いにもかかわらず、回復がはかばかしくない時、漢方の立場では裏寒であることがある。
  附子理中湯「人参湯に附子を加える」
 
 
口苦、食不振、食べ物の味がわからないのには柴胡剤を
少陽の熱「肝気鬱結」があり、口苦、食不振、食べ物の味がわからない、
胸脇苦満、舌 白苔、胃下垂、胃腸虚弱で食べ過ぎると下痢や胃の不快が起きるひとには柴胡剤を投与します。 
基本薬は小柴胡湯「人参 甘草 生姜 朮 茯苓 大棗 半夏 黄芩 柴胡」
小柴胡湯を基本にして用途に応じ、様々な生薬が配合され様々な薬方が作られている
 
  安定剤+胃腸の薬の感覚で臨床の場で良く使用するのは
  補中益気湯「人参 甘草 生姜 朮 大棗 陳皮 黄耆 当帰 升麻 柴胡」
  加味帰脾湯「人参 甘草 生姜 朮 大棗 茯苓 黄耆 当帰 山梔子 柴胡
           酸棗仁 竜眼肉 遠志 木香」
  抑肝散加陳皮半夏「甘草 朮 茯苓 半夏 陳皮 当帰 柴胡 川きゅう 釣藤鈎」
 
  アルコールの飲みすぎやアルコール性肝障害には
  柴苓湯「小柴胡湯 五苓散」 
 
 
たべすぎや早食いで、胃痛や下痢には半夏瀉心湯
 
裏熱があり、食べすぎや早食いで胃痛や下痢・腹ゴロゴロ、臭いおなら、口内炎になる
舌は紅、黄白苔で乾燥、胃内視鏡でたこいぼ胃炎の像が見られることがあるひとには黄連の配された清熱瀉下剤の適応
  半夏瀉心湯「人参 甘草 乾姜 大棗 半夏 黄 黄連」
  黄連湯「人参 甘草 乾姜 大棗 半夏 黄連 桂皮」
  2日酔い 胃炎 口内炎などに使用 
 
ゲップ、胃痛、食べすぎには茯苓飲や平胃散
 
脾胃気滞によるげっぷ、腹痛、下痢。食べすぎ、早食いなど飲食の不摂生、
厚い白苔、膩苔、歯痕   腹ふくるる思いをしている人には理気剤を
茯苓飲「人参 生姜 朮 茯苓 陳皮 枳実」 
茯苓飲合半夏厚朴湯
平胃散「甘草 生姜 朮 大棗 陳皮 厚朴」
逆流性食道炎によく使用。
 
 
腹痛、食べすぎ、胃寒には呉茱萸湯
 
胃寒による腹痛、げっぷ,頭痛、下痢、
食べすぎ、冷たいものの取りすぎなど飲食の不摂生
呉茱萸湯「呉茱萸 人参 生姜 大棗」
 
 
口渇、胃痛、痩には麦門冬湯
 
肺の燥熱による口の渇きとやせ、胃部の不定愁訴に麦門冬湯
麦門冬湯「人参 甘草 大棗 半夏 粳米 麦門冬」
老人の乾燥咳の薬として有名であるが、脱水をおこしやすい高齢者の胃部の不定愁訴、不眠にも用いる機会が多い。
 
今日のIBS(交互型)のファーストチョイスは小建中湯
 
    
桂枝加芍薬湯が基本とされているが、良く用いるのは桂枝加芍薬湯に膠飴を加えた小建中湯「子供の臍疝痛や便秘などに用いる 子供の体質改善薬として有名」
小建中湯に黄耆を加えると黄耆建中湯
「皮膚、粘膜の修復作用に優れている黄耆が配され、胃十二指腸潰瘍や潰瘍性大腸炎治療薬のファーストチョイス」
裏虚「肝虚」
腹直筋の攣急 手掌発汗 便秘 便秘と下痢の繰り返し しぶり腹
臍下の冷えや臍下虚 足の冷え つかれやすさ 気の上衡を目標
 
IBS(交互型)で、胸脇苦満が認められる時は柴胡桂枝湯など柴胡剤
 
IBS(交互型)で、胸脇苦満が認められる時は、柴胡剤の適応
 
柴胡桂枝湯「小柴胡湯+桂枝湯」
四逆散「芍薬 甘草 柴胡 枳実」 
加味逍遙散「芍薬 甘草 柴胡 生姜 朮 茯苓 当帰 山梔子 牡丹皮 薄荷」
少陽の熱 肝鬱 肝気鬱結 
胸脇苦満 口苦 舌白苔 腹直筋の攣急 便秘
 
 
胃潰瘍や十二指腸潰瘍、大腸憩室炎に芎帰膠艾湯
 
胃潰瘍や十二指腸潰瘍、大腸憩室炎に血止めの生薬の配された芎帰膠艾湯がよいこともあります。
当帰.地黄.・芍薬.川芎・甘草・艾葉・阿膠
温めて瘀血を去る艾葉や、滋陰.潤燥.補血の効果のある阿膠が配されている。
 
 
 
.胆疾患に対する漢方治療
 
A 積極的に利胆作用が期待できる生薬として茵陳蒿や山梔子などがある
  黄疸 「蕁麻疹」 に対して 
    茵陳蒿湯 「茵陳蒿 大黄 山梔子」
    茵陳五苓散 「茵陳蒿 桂皮 茯苓 沢瀉 朮 猪苓」
    梔子柏皮湯 「山梔子 黄柏 甘草」
茵陳蒿はかわらよもぎと言いインドあたりでは自生している植物で、黄疸「多分A型肝炎」に罹った時、お金持ちは入院して現代医学の治療を受けるが、貧しい人は河原ヨモギを煎じて飲むよりしかたがない。しかし、かわらよもぎしか服用できない人の方が、治りが早いとのこと。是非、試していただきたい。
B 積極的に肝・胆の薬として柴胡の配された柴胡剤がある。
  柴胡に近い生薬に竜胆がある。
   小柴胡湯、加味逍遥散、竜胆瀉肝湯
             
    
C 肝炎に対して積極的に繊維化を防止する駆瘀血剤がある
    加味逍遙散「当帰 芍薬 白朮 茯苓 甘草 生姜 柴胡 薄荷 牡丹皮 山梔子」 
    桂枝茯苓丸「桂皮 茯苓 牡丹皮 桃仁 芍薬」
加味逍遙散は柴胡剤で駆瘀血剤、そして山梔子という利胆剤も配されている
肝硬変に進展しつつある慢性肝炎に対する治療薬として優れている。
中国では、加味逍遥散をファーストチョイスとして用いるとの事。
また、乾血(陳旧性瘀血)を治す水(すい)蛭(てつ)、䗪(しゃ)虫(ちゅう)などの動物性駆瘀血薬があります。今日の日本では乾血に対処することの出来る大黄䗪虫丸(大黄・黄芩・甘草・桃仁・杏仁・芍・地黄・乾漆・虻虫・水蛭・蠐螬・䗪虫) や抵当丸(大黄・水蛭・虻虫・桃仁)は入手不能ですが、極めて重要な処方です。肝硬変などの難症固疾を治す効果があることを実感しています。個人輸入したり、自家製剤すれば使用出来ます。是非、チャレンジしていただきたい。
 
D 自然治癒力を高め、病の進展を防止する防衛剤がある
  十全大補湯「人参 甘草 朮 茯苓 黄耆 当帰 川芎 芍薬 地黄 桂皮」
 
 一般的には慢性肝炎には小柴胡湯とか柴苓湯とか言われているが、 
私は肝硬変に進展しつつある慢性肝炎に対して上記の理由により十全大補湯と加味逍遙散を交互に服用して頂くことが多い。残念ながら発表できるほどの治験は得ていない。
 
 

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