駆瘀血剤について
瘀血とは漢方医学の独特の概念で、体内の血液が一定箇所に滞ることで種々の障害をきたすことを指します。血の欝滞を去り、血の流れを改善して、解毒する効果のある駆瘀血薬の配された処方を駆瘀血剤といいます。西洋医学の消炎剤などに相当しますが、難症固疾となった種々の病状を起死回生させる効果が期待できます。駆瘀血剤は一般的には婦人科疾患に用いるイメージが強いのですが、抗血栓作用や抗動脈硬化作用もあり、脳血管疾患、高血圧、循環器疾患等にも積極的に用いるべき薬です。また、打撲、捻挫、骨折、四肢身体の頑固な疼痛や慢性肝炎、慢性腎炎、癌などにも適応があります。西洋医学が華々しく進歩した今日でも、西洋医学には無い治療薬である駆瘀血剤は極めて重要な治療手段であると思います。
瘀血の病状 (漢薬の臨床応用 医歯薬出版)
1. | 疼痛(血流が停滞すると、通じざればすなわち痛む)。 下腹部痛(月経痛や骨盤内炎症による疼痛、うっ血性疼痛など)。 真心痛(狭心症、心筋梗塞など)。 内臓の炎症性充血などによる疼痛。 四肢身体の頑固な疼痛。 |
2. | うっ血、潰瘍、局所の組織増生、変性、血栓形成、血栓性静脈炎、動脈硬化など。 |
3. | 癥瘕(腹腔内の腫瘤)。 |
西洋医学から診た駆瘀血の主な作用(漢薬の臨床応用 医歯薬出版)
・血管拡張作用。 ・鎮痛作用。 ・抗菌作用。 ・抗腫瘍作用。 |
・子宮収縮促進、あるいは抑制による月経の調整。 ・吸収促進 (血管外の血液・血腫の吸収を促進する)。 ・抗凝固作用。 |
瘀血の診断基準
① | 舌に部分的に茶色の斑点、あるいは青紫から紫色の斑点・・・瘀斑。 舌の青から紫色・・・舌質青紫、舌質紫。 舌下静脈が怒張して青紫色。 |
② | 皮膚に細絡 面色紫、青黒。 唇や歯肉が紫~青黒い。 爪床が紫~青黒い。 |
③ | 月経血に血塊が混じる。 経血が紫黒。 生理前に乳房腫痛と下腹部の張り。 血海穴の圧痛。 |
④ | 腹診にて少腹急結、あるいは左右の臍傍や下腹部に充実した抵抗と圧痛があり、いずれも熱を触知。 |
⑤ | 大食し、怒りや悲しみの訴えが異常。 物忘れなどの精神症状を伴う。 |
6⑥ | 打撲、捻挫、骨折、クラッシュシンドロームなどの身体的損傷。 |
代表的な駆瘀血薬
1. | 桃仁 | 瘀血を破る。駆瘀血薬の代表。 |
2. | 牡丹皮 | 活血作用。(赤血球を柔らかくし、毛細管の中を通りやすくする。) |
3. | 当帰 | 補血して、新血を養い、悪血を破る。 |
川芎 | 行気して、新血を養い、宿血を破る。 | |
延胡索 | 活血、理気、止痛作用。 | |
紅花 | 少量を用いれば活血、多く用いれば駆瘀血作用。 | |
蘇木 | 少量を用いれば血を和し、多く用いれば血を破る。 | |
牛膝 | 肝腎を補い瘀血を逐う。 | |
益母草 | 活血調経、行血祛瘀。 | |
サフラン | 活血祛瘀、涼血解毒。 | |
4. | 水蛭、䗪虫などの動物性駆瘀血薬 | 破血逐瘀、抗凝固作用。 乾血(陳旧性の瘀血)を去る作用あり。 |
「乾血と呼ばれる陳旧瘀血は動物性駆瘀血薬でないと取れない」
代表的な駆瘀血剤
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駆瘀血薬 | 補血 | 瀉下 | その他 | |||||||||||
桃仁 | 牡丹皮 | 当帰 | 川芎 | 延胡索 | 紅花 | 蘇木 | 牛膝 | 益母草 | 地黄 | 芍薬 | 大黄 | 芒硝 | 甘草 | ||
桃核承気湯 | ● | ● | ● | ● | 桂皮 | ||||||||||
大黄牡丹皮湯 | ● | ● | ● | ● | 冬瓜子 | ||||||||||
桂枝茯苓丸 | ● | ● | ● | 桂皮、茯苓 | |||||||||||
疎経活血湯 | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 生姜、羗活、防風、白芷、茯苓、 朮、防已、陳皮、竜胆、威霊仙 |
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潤腸湯 | ● | ● | ● | ● | ● | 麻子仁、杏仁、枳実、厚朴、黄芩 | |||||||||
温経湯 | ● | ● | ● | ● | ● | 阿膠、桂皮、生姜、呉茱萸、人参、 半夏、麦門冬 |
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安中散 | ● | ● | 桂皮、縮砂、茴香、牡蠣、良姜 | ||||||||||||
通導散 | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 木通、陳皮、枳実、厚朴 | ||||||||
芎帰調血飲 | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 乾姜、茯苓、朮、大棗、陳皮、 烏薬、香附子 |
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芎帰調血飲 第一加減 |
● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 桂皮、乾姜、茯苓、朮、大棗、 陳皮、烏薬、香附子、木香 |
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折衝飲 | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 桂皮 | ||||||
血府逐瘀丸 | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | ● | 枳実、柴胡、桔梗 |
瘀血があると認められても裏寒や気虚が著しければ駆瘀血剤を使用せず、まず体を立て直してから駆瘀血剤投与を考える習慣をつける必要があります。
駆瘀血剤を闇雲に投与すると効果が無いばかりか、裏寒、気虚を増悪させ、患者さんを無闇に苦しめることになるからです。しかし、逆に裏寒、気虚と思われても駆瘀血剤を投与すると返って温まったり力がついてくることもあり、病態を詳しく観察するとともに、必要と判断したら遠慮なく使用すれば良いと思いますが、裏寒、気虚に対する方剤(エキス顆粒では人参湯、真武湯など)をあらかじめ用意した上で投与する配慮も欠かせません。
駆瘀血剤の臨床応用
不定愁訴 | 頭痛、めまい、肩凝り、耳鳴り、のぼせ、腰痛、便秘、不眠。 |
婦人科疾患 | 月経障害、子宮内膜炎および付属器炎、子宮筋腫、血の道。 |
外科系疾患 | 打撲、捻挫、骨折、クラッシュシンドローム、下肢静脈瘤、脱疽、四肢身体の頑固な疼痛。 |
精神疾患 | ノイローゼ、ヒステリー、発狂、てんかん。 |
循環器疾患 | 脳出血、高血圧、脳梗塞後後遺症、動脈硬化、狭心症。 |
大腸、肛門疾患 | 痔、肛門周囲炎、虫垂炎、大腸炎、直腸炎。 |
泌尿器科疾患 | 膀胱炎、尿道炎、前立腺炎、前立腺肥大症。 |
眼疾患 | 眼の打撲、出血、結膜炎、網膜炎、角膜炎など。 |
出血 | 吐血、鼻出血、結膜出血、眼底出血、歯齦出血、皮下出血。 |
皮膚疾患 | ニキビ、酒皶様皮膚炎、シミ、しもやけ。 |
その他 | 慢性肝炎、肝硬変、慢性腎炎、腎不全。 膠原病、血液疾患、乳腺腫、甲状腺腫、癌など。 |
主な駆瘀血剤
◆桃核承気湯
構成生薬:桃仁・桂皮・芒消・大黄・甘草。
瘀血の上衡により、神経症状や身体症状を引き起こしたものを治す。少腹急結を目標に使用する。上逆の甚だしい、瘀血症状のある精神疾患、不定愁訴、婦人科疾患、眼疾患、泌尿器科疾患などに使用します。
臍膀下腹に充実した抵抗を触れ、圧痛を訴えることが多い。全体として桃核承気湯よりは静的で固定的である。脈は緊張があり沈んで遅い場合が多い。
桃核承気湯と同じように婦人科疾患、眼疾患、泌尿器疾患などに使用するばかりでなく肝炎、乳腺腫 高血圧 慢性腎炎 座骨神経痛等広く、瘀血症状を認めて使用
かつて虫垂炎に用いられた方剤、下腹部に緊張性の炎症性膿症、あるいは下腹に腫瘤堅塊があって圧痛を訴えるものを目標に使用
万病回春「折衝門」に、「鉄撲(打撲)傷損、きわめて重く、大小便通ぜず、乃ち瘀血血散せず、肚腹膨満、上って心を攻め、腹悶乱死に至るものを治す」と記載されています。昔、刑罰の手段として行った杖傷により生じた瘀血が血熱をもって腹部から心臓部に上攻し、大小便が不通となって悶乱して死ぬのを防ぐために、刑罰の後に与えられた処方ですが、広く瘀血による諸疾患にも応用されます。
一般的には太って、がっしりした、赤ら顔、爪の色の暗赤色で、下腹に瘀血を思わせる抵抗と圧痛がある人に用います。心下が痞え、ガス満、無意識に食べ過ぎ、イライラ、便秘あり。打撲、高血圧、動脈硬化、片麻痺、腰痛、婦人科疾患、自律神経失調、狂状などに広く応用。
金匱要略「婦人雑病門」に、「婦人五十ばかり、下痢(下血)を病み、数十日止まず、少腹裏急腹満、手掌煩熱、唇口乾燥するは何ぞや。―半産を経てお血少腹に在りて去らずと。―其証唇口乾燥するがゆえに之を知る。当に温経湯をもって之を主るべし。」と記されています。
勿誤方函口訣では、「この方は胞門虚寒(子宮の機能が衰えて冷えている)と言うが目的にて、凡そ婦人血室虚弱(子宮機能の虚弱)にして月経不調、腰冷、腹痛、頭疼、下血、種々虚寒の候あるものに用ゆ。唇口乾燥、手掌煩熱、上熱下寒、腹塊なきものを適証として用ゆ。」との記述があります。“冷えのぼせ”を訴え、唇口乾燥、口渇、手掌煩熱、下腹に瘀血を認める人の生理不順、子宮出血、血の道、不妊症、湿疹、手掌角皮証、花粉症などに広く応用しています。
桂枝茯苓丸証と同様に肥えて、がっちりした体つきで、のぼせて生理前に乳房の張りや下腹の張りを訴え、上胸部に燥熱があることを目標に用います。
◆安中散
構成生薬:延胡索・桂枝・牡蛎・茴香・甘草・縮砂・良姜。
やや虚状を帯びて、慢性に経過した心窩部の痙攣性疼痛に用いる芳香性健胃薬と成書に記載されています。比較的痩せて顔色が悪い人が多く、甘いものなどを好んで食べ過ぎて胃痛、胸焼けのある時に使用します。胃経が巡っている口の周りに吹き出物があることが多く、臍傍に瘀血を思わせる抵抗と圧痛を認めます。理気、止痛して活血効果のある延胡索が配されており、軽い温性駆瘀血剤と解釈し、月経障害や腰痛、ニキビ、アトピー性皮膚炎などに使用し、効果を実感しています。虚弱となった現代人の温性駆瘀血剤として極めて重宝しています。
また、安中散の名の通り、内臓機能を調整して体力向上に効果のある処方であり、過労や病後回復などに、動悸と瘀血を目標に用いています。
◆芎帰調血飲
構成生薬:当帰・川芎・熟地黄・白朮・茯苓・陳皮・烏薬・香附子・牡丹皮・益母草・大棗・乾姜・甘草。
香附子が配され,脾胃虚弱タイプの人の駆瘀血剤としてしばしば使用し,喜んでいただけることの多い処方です。産後の血の道症の代表処方です。いわゆる血の道症ばかりでなく,卵巣の機能をよくする効果も期待できます。月経障害・卵巣嚢腫・子宮内膜症・子宮筋腫を始めとして,女性のアトピー性皮膚炎・潰瘍性大腸炎など,さまざまな疾患によく使用しています。香蘇散と同じく香附子が配されており,気圧の変動で頭痛など著しい体調不良をきたすことを目標に用います。現代人にきわめて適応が多いように感じます。
◆芎帰調血飲第一加減
構成生薬:当帰・川芎・白朮・茯苓・陳皮・烏薬・香附子・牡丹皮・益母草・大棗・乾姜・甘草・芍薬・地黄・桃仁・紅花・肉桂・牛膝・枳実・木香・延胡索。
残念ながら,健康保険適応のエキス製剤にはありませんが,ぜひ使用していただきたい処方です。芎帰調血飲の駆瘀血効果を高めた処方となっており,子宮筋腫や子宮内膜症,卵巣嚢腫などで,芎帰調血飲の効果が今ひとつの場合に使用しています。ひどい生理痛がなくなるなど,うれしい報告をいただきます。
折衝飲
桃仁・当帰.芍薬・桂枝・川芎・牡丹皮.牛膝・延胡索..紅花
桂枝茯苓丸に活血化瘀、理気止痛の効果を高めた処方で、虚弱化した現代人に使用し、効果を実感している。
◆血府逐瘀丸
構成生薬:桃仁・紅花・牛膝・当帰・芍薬・川芎・地黄・柴胡・桔梗・枳実・甘草。
残念ながらエキス顆粒に無い処方ですが、瘀血に付随する血虚と気滞にも配慮した名方です。中年以降のいわゆる実証で、瘀血がある人の生活習慣病に極めて有用な処方です。日常、よく使用して効果を実感しています。
◆疎経活血湯
構成生薬:桃仁・牛膝・芍薬・当帰・地黄・朮・川芎・茯苓・陳皮・威霊仙・防已・羗活・防風・竜胆・生姜・白芷・甘草。
瘀血、水毒と風寒を兼ねて、筋肉・関節・神経に疼痛を発し、特に腰より以下に発した痛みを目標にして、腰痛、坐骨神経痛、下肢麻痺、半身不随、高血圧などに用います。酒色を好むものに多く、内傷と外感によって起こるとの記述があります(漢方処方解説 矢数道明先生)。肝経の湿熱を瀉す竜胆が配されており、軽い解毒剤で駆瘀血剤を兼ねるとも解され、花粉症などにも応用しています。
下瘀血丸
大黄、桃仁、しゃ虫
水蛭、虻虫、桃仁、大黄
大黄、黄ごん、甘草、桃仁、杏仁、芍薬、地黄、乾漆、しゃ虫、虻虫、せいそう、水蛭
植物性駆瘀血薬では取り切れない乾血(陳旧の瘀血)を取ることができる
漢方医学の起死回生の薬として様々な難病、固疾の治療ができる(特に慢性肝炎、慢性腎不全、癌などに使用)。今日の日本では入手不能ですが、個人輸入したり、自家製剤すれば使用出来ます。是非、チャレンジしていただきたい。