現代の風邪・インフルエンザに対する漢方治療
最近、新種のインフルエンザの感染爆発が懸念されていますが、大正時代に世界中でスペイン風邪が大流行し、多くの死者を出しました折、森道伯先生が漢方薬を適切に投与し、多くの方を救命された記録があります。
インフルエンザは変異する特徴があり、近年開発された抗ウイルス薬が必ずしも有効であるとの確証はありません。
漢方に携わるものとして今から心して準備しておき、少しでもお役に立ちたいと願い、風邪、インフルエンザに対する私なりの漢方の効かせ方をご紹介いたします。
従来までの風邪・インフルエンザに対する捉え方
風邪に対する傷寒論の記述と分類 | |||
病名 | 症状 | 証 | 適応 |
太陽病 | 風邪の初期で頭項強痛して悪寒する | 表証 | 麻黄湯、葛根湯 |
陽明病 | 風邪の極期で高熱を発し発汗、悪寒しない | 裏証 | 調胃承気湯、白虎加人参湯 |
少陽病 | 風邪の中期で熱のふけさめ、口苦、食不振 | 半表半裏証 | 小柴胡湯、柴胡桂枝乾姜湯 |
太陰病 | 腹満、腹痛など裏虚症状を伴う | 裏虚証 | 桂枝湯、桂枝加芍薬湯、小建中湯 |
少陰病 | 症状がはっきり表にです、苦しがる | 裏寒証 | 真武湯、附子湯 |
厥陰病 | 誤治などにより寒熱が絡み合っている | 当帰四逆加呉茱萸生姜湯 |
現代の風邪、インフルエンザは本当に太陽病(葛根湯、麻黄湯)なのでしょうか
漢方医学のバイブルである傷寒論はインフルエンザのような急性発熱性疾患に対して病位を三陰三陽に分け、適切な治療処方を提示した、いわば風邪やインフルエンザの治療書と言えます。古来、ことに日本では主に傷寒論に基づいて風邪、インフルエンザの治療が行われてきました。傷寒論には、風邪の初期で浮脈、頭痛、項強、悪寒のある時は太陽病で葛根湯や麻黄湯、激しいインフルエンザのような症状を呈する初期には大青竜湯「葛根湯加杏仁、石膏」で強く発汗を促す麻黄の配された解表剤が適応すると書かれています。
森道伯先生がスペイン風邪に対して著効を収められた処方は、咳タイプには小青竜湯加杏仁、石膏、脳症タイプには升麻葛根湯加白朮、川芎、細辛、胃腸タイプには香蘇散加茯苓、白朮、半夏であり、いわゆる温病処方です。
温病とは中国の清の時代に発展した概念で、今日の日本のように、人々が酒色過度となり、生活不摂生が甚だしく、精を蔵さず、陰虚伏熱体質に変化してきたために、温病(‘風邪などの初期でも既に裏に病変が及んでいるために強く発汗させてはいけない病状’)という概念が発達し、葛根湯や麻黄湯などの辛温解表剤では弱った身体を損なうので、辛涼解表剤を投与する必要が生じた。
温病とは表熱
風邪の初期でも強い惡寒が無くて熱感あるいはかすかな惡寒、発熱、口渇、咽頭痛、扁桃腺炎や目の充血
麻黄剤で強く発汗させてはいけない病態
表寒「太陽病」よりも体温上昇が強く、炎症傾向が激しく、進行も早いので注意が必要。
今日の中国においては風邪の代表処方は日本でよく使用されている傷寒の治療処方である葛根湯ではなく、温病の治療処方である銀翹散「金銀花 連翹 薄荷 淡豆鼓 荊芥 淡竹葉 芦根 牛蒡子 桔梗 生甘草」です。また、ごく最近の中国における鶏インフルエンザに対して有効であった漢方薬も温病の治療薬と聞いています。
近年、地球環境は激変しています。一昔前と比べ、野菜の栄養価が著しく減少し、材木の質が年々悪くなっていると言われていることが示すように、地力は弱り、日の光は肌をさすように強くなりました。身土不二と申しますが、人間の身体も、水面下で肝腎要である肝.腎が弱り、身体が干からび、上焦に熱を持つ人が目立ちます。また、生活様式の変化や生活の乱れも影響してわずかのことで裏寒に陥ったり、脾胃を痛めた人も多くなっています。現代人は想像を超えて、身も心も虚弱化しています。
タイやベトナムなど熱帯、亜熱帯地域ではA型インフルエンザの流行は暑くてスコールの多い5月から7月ですが、地球温暖化に伴い夏期でも沖縄でインフルエンザがみられるようになり、本州でも冬季以外にもみられるようになりました。
時代とともに病気も変化し、住む人も変化しています。今日では風邪、インフルエンザも従来の冬季によくみられる悪寒、高熱、関節痛タイプよりも現実は胃腸タイプが多くなっています。平素から食べ過ぎや水分の摂りすぎで内臓に負担がかかっているところに、身体を使うことが少なく、冷暖房で保護されすぎ、身体が鈍ってしまっているためと思います。
私が漢方薬を使用して日常診療を行うようになってから40年程が過ぎました。年々歳々、受診される患者さんが想像を超えて虚弱化し、御本人は気づかなくても隠れた裏寒に陥っている人が増えていると痛感しています。風邪やインフルエンザで受診される人の多くも太陽病でなく、裏寒が潜んでいると判断することが多く、ひとまず温裏剤である四逆湯類や人参湯、真武湯を投与する必要あるのです。
日常診療で、風邪、インフルエンザに葛根湯や麻黄湯など太陽病の治療処方を使用する機会はありません。広義の温病処方を使用して効果を実感しています。
私は現代の風邪、インフルエンザのほとんどは太陽病ではないように思います。先人の口訣を闇雲に継承するのではなく、虚弱化した現代人に合わせて漢方薬を効かせるための工夫が必要だと思います。
そうした努力の中で新種のインフルエンザにも対処出来る道が開けるのではないかと思っています。